「3月11日に思う」  

3月11日で、福島の原発事故から11年がたった。しかし、未だに、事故前と同じ生活に戻れない人が大勢いる。

小学校高学年の頃、原発はクリーンでエコなエネルギーだと、教科書で覚えさせられた。国をあげての宣伝が原発容認の後押しをしていた。けっして「想定外」では、すまされない。アンダーコントロールなんて、されていない。人類は、核と共存は出来ない。稼働するかぎり未来への危険な贈りものをつくり続けている。

核兵器禁止条約が発効されて、1年以上が経過した。被曝者の声が条約に盛り込まれて、核を持つ国は「ならずもの国家」だとレッテルを貼られたのだ。

しかし、そんな世界の流れと逆行して国内では、核を持つ国との核共有論まで出てきている。いまだに禁止条約に署名も批准もしない。会議にさえも出席しない。

核は、戦争に利用される。ロシア軍は、チェルノブイリ原発を、包囲している。

ウクライナには、原発が他にもある。プーチン大統領は核兵器の使用をちらつかせている。戦争で、犠牲になるのは常に市民だ。

1日も早くこの侵略戦争が終わることを願っている。そして1日も早く世界から原発や核兵器がなくなることを願ってやまない。

五十嵐八千代