誤った裁判を乗り越えた貴重な経験   弁護士 畑谷嘉宏

川崎市教育委員会(以下市教委という。)の情報隠しの発端は、2014年の実教出版高校日本史A306が排除された理由を知りたいと排除された教育委員会会議の録音(以下音声データという。)を川崎市情報公開条例により市民が開示請求したことに対し、市教委が、音声データは公文書ではないとして開示請求を拒否したことでした。

開示請求をした市民が異議申立(現在は審査請求)をしたことに対し、川崎市情報公開・個人情報保護審査会が音声データは公文書であるが、音声データが消去されていて不存在であるため開示できないと答申をしたことから、以後教育委員会会議の音声データは開示されるようになっていました。その後の市教委の調査で審査会が答申した時点では市教委の担当者が音声データを保存していてことが明らかになっており、開示すべしとの審査会の答申を無視してでも、消去しなければならないほどの市教委にとって不都合な事実が録音されていたということが明らかになりました。

ところが、市教委が貴重な音声データを消去したことに対して全く責任をとらなかったため、音声データの開示請求をした市民が市教委を被告として音声データを消去したことの責任を問う損害賠償の裁判を横浜地方裁判所川崎支部に提訴したのでした。

地裁川崎支部は、音声データを消去した市教委の責任は認めたものの、開示請求を拒否したことに対しては、不開示事由にあたるから開示しなくても良いとこれを認める判決をしたのでした。判決理由は、教育委員会会議は傍聴人規則により傍聴人の録音が禁止されているところ、その趣旨は教育委員の意思決定に影響を与えないようにするためであるから、録音は意思決定情報にあたり不開示事由に該当するから開示拒否に違法性がないとするものでした。これは、2011年の守口市議会議会運営委員会の音声データの開示請求拒否処分についての大阪地裁判決によるものでしたが、この大阪地裁の判決理由は大阪高裁で採用されなかったにもかかわらず、地裁川崎支部は大阪高裁判決の証拠提出を求めないばかりか、大阪高裁判決を検討すらしないという杜撰なものでした。市民の控訴に対する東京高裁判決は川崎支部判決に輪をかけ同判決を補強するひどいものでした。

市教委は、横浜地裁川崎支部判決、東京高裁判決を理由にして、それまで公開するようになっていた教育委員会会議の音声データの開示請求を拒否するようになってしまいました。

市教委にとって都合の悪い情報は消されてしまうことに危機感を持った市民が2014年8月の高校日本史教科書の排除を方向付けたとされる川崎市教科用図書選定審議会の会議音声データの開示請求をし、また道徳教科書採択の教育委員会会議の音声データの開示請求をし、いずれも市教委に拒否処分されたことに対し、開示請求拒否処分取消の裁判を横浜地方裁判所に提起し、横浜地裁が2023年10月4日市教委の不開示情報に該当するとのすべての主張を退け、各開示請求拒否処分を取り消すとの市民の完全勝訴の判決を言い渡したのに続き、市教委が控訴した東京高等裁判所でも、市教委の主張はすべて排除され市民の完全勝訴となり、2024年5月2日市教委が上告断念を表明して、横浜地裁判決、東京高裁判決が確定し、市民の完全勝訴となったのです。実に10年にわたる長い闘いの結果、会議の音声データを消去して会議録を都合のいいように改ざんして真相を隠蔽するという市教委の真相隠蔽体質に終止符を打つことができたのです。

この10年の闘いを通じて明らかになったのは市教委の隠蔽体質だけではなく、川崎市情報公開・個人情報保護審査会の情報公開法令の趣旨に添った判断と対照的な大阪地裁判決、地裁川崎支部判決、東京高裁判決の情報公開の法理を全く理解しない、ご都合主義の裁判所の態度でした。

権利義務関係の最終的決定権を有している裁判所の自覚と責任が問われた10年であったと思います。

情報公開は原則公開で不開示は例外であるから、例外事由に該当することの立証責任は処分庁である市教委にあるとし、市教委の不開示事由にあたるとのすべての主張を退け市教委の不開示処分を取り消した横浜地裁判決、横浜地裁判決を支持し完膚なきまでに市教委の主張を排斥した東京高裁判決は、裁判所の本来の役割を果たしたものとして市民の司法に対する期待を裏切らなかった重要な成果であったと思います。また、誤った裁判を乗り越えなければならないし乗り越えることができることを実感出来た貴重な経験でした。