我がふるさと神戸 弁護士 畑 谷 嘉 宏
1 同学年の小学校卒業生約160人を対象とした同窓会を毎年5月に行っています。今年は18名が参加しました。
担任の先生から勧められて中学から私学に行った私にとって、多様な人のいるこの同窓会はふるさとを実感できる集まりで毎年参加をしています。
2 私は、高校卒業まで、神戸市の東の端芦屋市に隣接する神戸市東灘区本山町森という所で育ちました。私が小学生の頃はまだ田んぼや畑が残っていて、それらが宅地になって住宅が建てられる新興住宅地でした。近くに森市場という木造2階建ての大きな建物がありその中は商店街になっていて、私は母親に付いて良く買いものに行っていました。
小学校の友達は、農家の子、森市場などの商店の子、カネボウの社宅の子、多くは中小企業に働く家庭の子で、階層に大きな差はなく連帯しやすい環境にありました。
3 私の実家のあたりは、六甲山の麓と瀬戸内海の浜辺との距離が2kmぐらいしかなく、六甲山の登山口まで数百メートル、海の浜辺まで1.5kmぐらいで、山や海を常に遊び場にしていました。特に六甲山は、小学生の頃から大人になってからも様々なグループで飯盒炊さんのハイキングに良く行っていました。個人では、大みそかに初日の出を見るために雪道を山頂まで登っていました。
六甲山の裏側には有馬温泉があり、父親に連れて行ってもらって温泉というものを知りました。有馬温泉のお湯は鉄サビ色で、温泉というのは透明なお湯ではないのだと思い込んでいました。
4 私の育った神戸は山と海に挟まれた自然に恵まれた所であるとともに奈良まで電車で1時間で行ける歴史にも親しむことのできる所でした。
小学校の遠足で行って以来興福寺の五重の塔が好きで、高校時代にかけて奈良に良く行きました。そのころ興福寺の五重の塔に登ることができ、登ってみて五重の塔というのは5階建ての建物ではないということが良く分かりました。部屋になっているのは1階だけで、2階から上は階段があるだけで階段の回りは多数の支柱が交錯していて部屋などになるような空間はないのです。
興福寺を中心に12神将像がすばらしい新薬師寺、西の京の唐招提寺、薬師寺にも行きました。
5 神戸市東灘区本山町森は、自然とのかかわり歴史とのかかわりを育んでくれた私のふるさとです。