『ブラウン神父』 弁護士 岩坂康佑

ブラウン神父という人物をご存知でしょうか。
丸顔にメガネをかけた小柄な人物で、黒い僧服に身を包み、手にはこうもり傘を持っています。のろくさくて冴えない印象を人々に与える、イギリス人のカトリック司祭です。

実は、このブラウン神父、あのシャーロック・ホームズのライバルとまで言われる名探偵なのです。

シャーロック・ホームズが世を賑わせた20世紀前半に、ブラウン神父も大いに活躍しました。
ブラウン神父は、卓越した想像力と人間心理に対する洞察力、直観力をもって、次々と難事件を解決していきます。人間の常識にとらわれない発想から組み立てられるブラウン神父の推理には、驚かされるばかりです。
「木の葉を隠すなら森の中」、という言葉や考え方をお聞きになったことはないでしょうか。実は、これを最初に述べたのはブラウン神父です。

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ブラウン神父は、カトリック司祭なだけあって、キリスト教的な観点から物事を捉えます。ときには社会を風刺する鋭い発言もあり、推理以外の点でも多くを考えさせてくれます。人畜無害な様子でさりげなくその場にいる神父さんが見事に事件の真相を解明する様は、爽快です。

ブラウン神父を生み出したのは、イギリス人作家のG.K.チェスタトン(1874~1936)という人です。チェスタトンは、作家としてだけでなく、社会・政治批評家や随筆家、詩人としても知られた人物です。チェスタトンは、ブラウン神父のお話をすべて短編として発表しました。そのため、世に存在するブラウン神父の本は、短編集ばかりです。

ブラウン神父の初登場短編集である「ブラウン神父の童心」は、「シャーロック・ホームズの冒険」と並び、短編推理ものの巨頭に数えられます。日本ではホームズほどには知られていないブラウン神父ですが、なかなか偉大な探偵なのです。

ブラウン神父の短編集の日本語版には、いくつかの出版社のものが存在します。しかし、翻訳がやや読みにくいものが多く、少し集中して読む必要のある内容となっていました。ところが、つい最近、「ブラウン神父の無垢なる事件簿」(「ブラウン神父の童心」と同じ本です。)が、新訳としてハヤカワ文庫より発売されました。このハヤカワ版ブラウン神父は大変読みやすく、翻訳文になじみのない方でも大いに楽しむことができるものとなっています。

まずはぜひハヤカワ版ブラウン神父をお手にとっていただき、短くも濃厚なブラウン神父の世界を堪能していただければと思います。